水無月のつれづれ日記

アラサーOLの関心ごと

恩田陸ファンが綴る『蜜蜂と遠雷』の感想

蜜蜂と遠雷』を読みました。

よかった。すごくよかった。

 

思えば高校1年生の時に友達から『光の帝国』を借りて衝撃を受けてからから15年以上。恩田陸さんの描き出す魅力的な登場人物や巧みな心理描写、不穏な雰囲気の虜になっている者とって、史上初の「直木賞本屋大賞W受賞」は嬉しいことこの上ない。

 

物語の舞台は国際ピアノコンクール。本の帯に「ピアノコンクールを舞台に、人間の才能と運命、そして音楽を描き切った青春群像小説」との文句がありました。

確かにこの物語は群像小説で、視点がコロコロ変わります。かつて天才少女と世間にもてはやされるも母の死をきっかけにピアノから離れている少女、伝説的な人物を師にもつピアノを持たない天才少年、音楽を愛しているが今は演奏家ではなく家族のために働く楽器店勤務の男性など。

全員に人生があり、音楽が持つ意味もそれぞれ違います。そして全員がこのうえなく魅力的です。

 

恩田陸さんの作品にはいつも印象的な台詞がちりばめられているんですが今回印象に残った台詞にこんなものがありました。

『俺はいつも不思議に思っていた。―孤高の音楽家だけが正しいのか?音楽のみに生きる者だけが尊敬に値するのか?と。

生活者の音楽は、音楽だけを生業とする者より劣るのだろうか、と。』

 

これは音大を出てコンクールの入賞経験もあるけれど今は楽器店で働いていて、今回のコンクールを自分の音楽人生のひとつの区切りとしよう、これからは趣味として音楽を楽しもうとコンクールに臨む28歳の男性コンテスタントの言葉です。

「生活者の音楽」という言葉が心地よく頭の中に響いたのと、何者かになりたかったけどなれなかったものの悔しさや葛藤などを感じて苦しくなりました。

 

コンクールの話なのでもちろんコンテスタントを中心に話が進んでいき、それぞれがとても個性的で興味深いんですが私が惹きつけられたのはむしろそれ以外の人物でした。

ひとりが主人公格の天才少女亜夜に付き添う少女、奏。彼女はピアノではなくヴァイオリン奏者なので物語の舞台となっているコンクールには出ておらず、いささか不安定な状態の亜夜に付き添い支えています。音楽と真摯に向き合い音楽を聴く力はずば抜けているものの、亜夜や他のコンテスタントのような天才ではないようです。天才たちに囲まれ疎外感を感じ、この子たちは自分たちがどんなに恵まれているか分かっているのだろうかなどと感じながらも、嫉妬の気持ちに潰されるでもなくそっと見守っています。

私は自然と奏に感情移入しながらこの話を読み進めていたんですが、どうしても主役=個性と才能溢れる若き天才たち、脇役=主役にはなれない凡人と感じてしまい、スポットライトが当たらない人生に切なさを感じてしまいました。でも奏はちゃんと自分の人生を生きていて、最後の方で「あたしは正しかった。あたしの勝ちよ。」と心の中で言うところで全てが報われた感じがしてカタルシスが得られました。

そしてそのあとの言葉が恩田節全開で鳥肌モノ

「奏には奏の歓喜があった。奏だけの歓喜、亜夜の歓喜にも劣らない、まばゆいばかりの大きな歓喜が。」

この文章がこの作品のなかで一番好きかもしれない。

 

そしてもうひとりがコンサートホールのステージマネージャーの田久保さん。ステージマネージャーっていう役割があること自体初めて知りましたが、舞台袖でのコンテスタントへの気遣いと温かさにほっこりしました。裏方で脇役だけど、プロとしての安心感があってこの人の登場のたびに心穏やかな気持ちになれた。なんかいろんな人たちに代わってありがとうと伝えたい気持ちでいっぱいです。

 

それにしても、「音楽を文章で表す」って物凄いことじゃないですか?知っている曲が頭の中で流れてくるのはもちろん、知らない曲でも何となくイメージできてしまって気持ちが高揚してくるのがすごい。本当にピアノの演奏を聴いているかのような錯覚に陥る瞬間がありました。同じ体験を漫画「ピアノの森」でもしたことがあったけど、どうしてこんなことができるんだろう。

余談ですが水無月ラフマニノフピアノ協奏曲第2番が好きです。マサルがこの曲を演奏するのを実際に聴けたら最高なのに。

 

ちなみに私が一番好きなシーンは亜夜と明石さんが初めて会話するところです。何故か分からないけどぐっときた。あとマサルの「聴衆賞は僕のものかな。」で惚れました。マサルに関しては全編通してイケメン過ぎる。あれでティーンエージャーだっていうんだから末恐ろしいにも程がある。

 

私は恩田陸さんの作品特有のなんとも不穏な雰囲気が好きなので(『麦の海に沈む果実』とか『黒と茶の幻想』が大好物)、その点はちょっとだけ物足りない気もしてしまいましたが、その分読みやすい作品になっていると思います。そういえば2005年に本屋大賞を受賞した夜のピクニックも爽やか系でしたね。

「読みやすい」「分かりやすい」も作品の魅力のひとつだと思います。私は分かりにくい話も好きですが。

 

何故か水無月の身近には恩田さんのファンがおらず、日ごろ誰かと作品について語り合う機会がないのをもどかしく感じているので、この作品をきっかけにファンが増えてくれるといいなぁと思います。

恩田作品入門編としては『光の帝国』とか『麦の海に沈む果実』あたりがおすすめです。ガラスの仮面が好きな人は『チョコレートコスモス』もいいですね。そして別々の作品たちが絶妙にリンクしていたりするので、読めば読むほど沼にハマります。誰か一緒にはまりましょう。楽しいですよ。

 

 

蜜蜂と遠雷

蜜蜂と遠雷

 

 

 

蜜蜂と遠雷 音楽集

蜜蜂と遠雷 音楽集

 

 CDも出てるみたいです。次は聴きながら読みたい。